着物との出会い

来日したキモノフリークの友人の影響で、着物の世界にハマった私。
近所の和服・和小物のお店に通ったり、着付けを学ぶため料亭で仲居になったり。21世紀の和の文化への回帰現象を観察します。
 

2012年10月30日

畳について

Picture 1020.png都屋さんのきものだより、9月号と10月号に畳についての話題が載っていました。
http://www.hidamiyakoya.com/pdf/culture/112831160931.pdf
http://www.hidamiyakoya.com/pdf/culture/1121027154316.pdf

1970年代に建てて以来、畳替えをしていなかった実家でも、大きな家具を移動させて古い畳を処分するしかない時期に差し掛かっていたので、丁度興味があった事だらけ。それ以前に住んでいた借家では、まだ大晦日ごとに畳を裏返して掃除したり、取り替えたりしていた記憶がうっすらあるのですごい怠慢かも〜。

西日本から首都圏に転居した場合によく話題になるのが、「京間」と「江戸間」の寸法の違いですが、私自身も関西の実家に帰ってくると、6畳一間が、東京在住時のマンションの6畳とキッチン両方合わせたより広いような気がします。多少、家ごとにカスタマイズしてあるとはいえ、基本サイズはどれくらいかな、と思ってたら次の通り。

@本間、または関西間、京間とも呼ばれる
幅95.5cm x 長さ191cm x 厚み5.5cm
近畿以南で主に使われていた既製品の最大寸法です。

A五八間(ごはちま)、又は、関東間、江戸間とも呼ばれる
幅88.0cm x 長さ176cm x 厚み5.5cm
静岡以北で主に使われていた最も標準的なサイズです。

なるほど。実寸を測って見るとだいたいそうみたいです。地方によって異なるそうですが、ほとんどこれらが基本とか。

そして、畳の歴史についても出てきますが、元々座る場所だけに椅子代わりに置いていた(お江戸事情に詳しかった杉浦日向子さんは確か、江戸時代は寝床として普及したと言っていたような....)、その時代に今、回帰しつつあるようです。マンションは新築の家でも和室が減って、畳はウッドフロアの一部に置いたりすることが増えている昨今。

歴史を引用してみます。
◆畳の起源は?
畳は「たたむ」ことを意味し、折り返して重ねる意味でもあって、たためるもの、重ねられるものから敷物すべてを意味した。畳が最初に文献に現れたのは奈良時代の「古事記」(712)で、敷物の意味での記録がある。

◆畳の歴史は?
畳は日本固有の文化で、今から約1200年前の平安時代(794-1185)頃に、現代の畳に近づいたそうである。

平安時代には貴族社会が発展して、寝殿造りという独特の建築様式が登場し、そこでは御殿の奥にある部屋の一部に置き畳が敷かれていたらしい。身分のよって畳の大きさや厚さ、畳み縁の色が違ったそうである。Picture 1019.png

室町時代(1336-1573)に入ると、書院造りの登場によって部屋全体に畳が敷かれる様式があらわれ、安土桃山時代(1573-1602)に千利休にうよって茶道が完成され、茶道の発展と共に畳に合わせた所作や礼儀作法が生まれた。(畳の縁を踏まない、縁にそって歩くなどのしきたり)

江戸時代(1603-1868)に入ると、日常生活の中で人と畳のかかわりは深まる一方で、城や屋敷の改修工事をつかさどる「畳奉行」という役職までもうけられた。

江戸時代中期には、町人文化が栄える中で庶民の間にも畳がいきわたっていった。町中のいたるところで畳屋が店を営み、親方のもと多くの畳職人の働く姿がみられるうようになったそうである。

畳の需要は戦後の集合住宅や団地の普及と共に減り、マンションブームや核家族化という社会的な変化で、人々の畳に対する意識が低くなり、街からは畳屋が次々と消え、現在にいたっている。

しかし、天然素材で健康によく、環境に優しいことが見直されつつあり、マンションや住宅のフローリングに、平安時代のようにクッションとして一枚から数枚程度置くという形が復活しつつあるそうである。
[引用ここまで]

他にも畳の敷き方など、千利休の頃に確立した文化でしょうか、リンク先の文書に色々でてきます。画像として切り取るとこんな感じ。

Picture 1021.png

日本文化では当り前のようになっている畳を敷きつめることができる時代というのは、それほど長くなかったようですね。昔、隣の幼馴染みの家が一部を鉄工所に変えている古い家でしたが、一階のだんらんの場所はすべて板間でできており、ご両親の寝室も普段テレビを見ている仏間の掘りごたつの横で畳無しでした。掃除がし易かっただろうと思います^^)。

その後、アメリカ文化の輸入で畳の上に絨毯を敷くようになり、ホウキの代わりに掃除機を使う事が常識になりました。が、本当に電気を使って吸い取らなければ掃除というのはできないものでしょうか?

きれい好きだった母方祖母が、しょっちゅう硬く絞った雑巾で畳を拭いていたことを思い出します。少なくとも表面は、掃除機でとれない汚れまでとっていたと思います。

掃除機がなければ暮らせないと信じていた頃にすっごく興味があったルンバ、今も大人気っぽいσ
posted by maruai at 17:50| Comment(0) | たたみ 畳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月29日

門前仲町マルアイ75周年創業祭9/27(木)〜10/1(月)♪

単衣が終わりかけ、袷を着るシーズン到来となりました。七五三用の広告も出始める季節。

所用でとんぼ返りの来京。1年半ぶりで門前仲町を歩き、
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(門前仲町のこのお不動さんの1番出口に出てきたら、マルアイさんとは東西逆端なので、永代通りの商店街を写真左方向(西)に歩いてそのまま信号を渡って3番出口付近を通過し、ソフトバンクが入ったビルまで行って下さい。)

永代通り一本裏(北側)のお馴染み着物のマルアイさんにお邪魔しようとしたら、ソフトバンクの入った自社ビル8階で創業祭やってるからそちらへどうぞ、とのこと。(門仲の正しい出口から1分ですが、道に迷ったら「03-3641-8361」へ。)
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ソフトバンク横の通路の
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奥のエレベータを上がると、素敵な大正ロマン風の着物がお出迎え。(うぅ、着る場所があるならこれマジ欲しかった。着せ方がまたかっちょいい。)
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そして目の保養というか、お座敷のゆったりした展示会場。IMG_2613.JPG

私は帰路につく直前だったので、姉妹店の洋品部門の奥にあるテーブルで珈琲を頂きながら、ご主人と少しお話して記念品を頂戴して帰りました。
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もうあまり行けないけど、郵送案内を頂戴する登録住所を変更したりとか。同じくいつも暖かく迎えて下さった奥様はお留守で残念でした。

75年前に操業されたのはご主人のご両親だったか、愛媛県の今治ご出身だそうで、いまでも西との繋がりは多いとのこと。この記念品も今治の日本手ぬぐい。いいでしょ。(^^)
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白地に好みの色合いのしなやかな折り鶴の柄。ちょっと大きめで軽くて使いやすそうなので、帰宅後さっそくジムで使用しました♪

マルアイさんは、ハギレや100円の小物ひとつでも、ひやかし程度に覗きにいくだけでも、親切に迎えて下さいます。(閉店に近い時間帯はご主人か奥様がいらっしゃるので特にそう。) 何度も足を運ぶうちに、少し大きな買い物をしたり(連れて行った友人がたくさん買い物したり)...。結果、品数も多く、在庫もセンスがよくて、高級品でもいい物が安く手に入る、ということを知る人が遠方から旅費を使って足を運ぶ... そういうタイプのお店です。

店の外や入口付近には数百円の消耗品などもバッチリ揃っているので肩肘張らずぶらっと行けます。洗える着物群や浴衣、襦袢などだとお財布も洋服感覚で大丈夫。

今回の創業祭も見るだけのつもりでぶらっと行かれて(ビル8階というとちょっと勇気いるかもですが気にせずに〜)、とりあえずウィンドウショッピングだけのつもりで楽しまれてはどーでしょう(^-^)。

それでも実店舗はまだ抵抗ある〜と言う方はこちら
袷着物
posted by maruai at 03:19| Comment(2) | 着物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

男物ゆかた

ありそうで見たことなかった気がする、スーパーやショッピングモールでの男女ペアのゆかたのディスプレイ。花火大会でも男性まで浴衣というのはかなり珍しいほうでした。(昨年、大阪・神戸両方でイベントあった日のスナップ⇒花火大会往復で見かけた浴衣

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やはりお揃いで着ることができれば粋ですよね。着て涼しく洗濯も簡単な、実質的でお洒落な浴衣が増えればほんの半世紀前の日本の夏の風景が戻ってくるんじゃないかと思います。
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(実はネット買いも増えてる⇒メンズ浴衣
門前仲町は祭りの街だし、東京中心部は年中どこかで神輿担ぎ(+その練習)をやってるので、はっぴ着て足袋を履いた人たちを見るのは珍しくなく、丸愛さんのご主人も「着物好きの男性が女性連れて来られますよ。一緒に着るために」とおっしゃってました。

関西では私が知る限り、盆踊りというのは旧暦の盆である8月15日前後が多いので、東京では7月前半から8月末までほぼ毎週どこかで盆踊りがあると知ったときはびっくりしました。数年前は一覧表にしてあるサイトも発見しましたが、今回検索でゲットしたのはこの2つ。
[東京の盆踊り]2012 盆踊りスケジュール♪
「東京盆踊り情報」 2012年(平成24年)7月24日号

2010年の夏には「来年はゆかたを着て参加しよう」と思いながら、マンションの近くの盆踊りを見物してたものでした。が、もし今まだ東京に居たとしたら、子どもたちのためにしっかり除染してあるかどうか確認できる所しか行けないなぁと思います。(さすがにマスクして踊りましょうとは言えないけど、デモに行く人は内部被曝防御のアピールも兼ねて着用して下さい。)

東葛だけでなく、都内随所でチェルノブイリで今でも立入禁止となっている区域なみの線量が計測されている上、この1月には港区赤坂で(測ってガイガーなど、有志で測っているセシウムの量から考えてありえないほどの)ストロンチウムが計測されています。
アメリカ国家核安全保障局による日本国内の大気中ダスト分析データ
なんと、放射線事業従事者の上限とされている濃度限界の5万8千倍。(文科省が《恐らくいつもの》過小評価で認めているウラン燃料の量がそもそも広島原爆の168.5倍なので何でもアリです。)

コンクリートが多い場所では大半が既に下水に流れたかもしれませんが、植込みや公園などの土の入替えなどはほとんどしていないはずだし(この国ではあれだけの事故の後も放射能はないことになってるので)、建物の屋根やベランダの埃は雨が乾くたびに辺りを浮遊しているし、福島第一原発からの放出は事故後まだ一度も止まったことはなく、大方は海に向って風が吹くとしても、3月15日や21日のように何度もぐるりと別方向に回って飛散しています。

中高年でも東京ベースの知人らは、昨年は白血病や腎臓病で亡くなった地元の知り合いが多いと言ってましたが、発症まで早い人はこの濃縮過程が早いのかもしれません⇒ストロンチウム90による内部被ばく(拡大図)

もし、どんな疾病であれ、免疫力が落ちてきてかかり易いとか、治りにくいと思ったときは、ビタミンCやケイ素サプリなどの抗酸化物質を多めに摂ることを習慣化することをお勧めします。救援に行く自衛隊の人たちは高濃度ビタミンCサプリを必ず飲んでいたんです。(⇒震災直後からわかっていたビタミンC摂取による被曝の克服

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posted by maruai at 03:52| Comment(0) | 着物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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