着物との出会い

来日したキモノフリークの友人の影響で、着物の世界にハマった私。
近所の和服・和小物のお店に通ったり、着付けを学ぶため料亭で仲居になったり。21世紀の和の文化への回帰現象を観察します。
 

2015年07月11日

【熊野古道】那智山から新宮、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)へ

美滝山荘の朝食は豪華でした。鯵の干物は焼けたばかりのを持ってきて、お皿に乗せて頂きました。


前日、9時間以上歩いたCindyは、ついでに那智山を登って那智大社と青岸渡寺も済ませていたので、朝食後はそのまま那智駅へバスで向かい、私は那智大社への階段を上りました。







絶景だらけですが、青岸渡寺の年月を経た趣は特別圧巻でした。

そして再びバスで那智駅へ。電車の本数が少ないので、那智駅でまたCindyと合流しました。
新宮に着いて、荷物をコインロッカーに入れて、片道徒歩15分の熊野速玉大社へ向かいました。
これで熊野三山を全部まわることになります。


熊野本宮大社や熊野那智大社に比べると、住宅地の中にある上、建物もそとから眺めるだけの熊野速玉大社はちょっと気抜けしました。特別な知識がないので、さっと入ってさっと出る程度の場所でした。平地でアスファルトの上を歩くときになってお天気が回復しているので、蒸し暑くなってきていました。

昭和の時代には賑わっていたであろう駅からの商店街がほとんどシャッター通りとなっていて残念でした。少し離れたところにイオンモールがあるようなので、みんな車でそちらへ行くようになったんでしょう。

駅に戻る途中でお弁当屋さんを見つけて買い、Cindyは当日の宿をとっている白浜へ、私はくろしおのチケットを買って、帰路につきました。


ここから紀伊田辺までは、大辺路(おへち)と呼ばれる熊野の海沿いの巡礼ルート近くを走るJR線になります。日頃、海といえば瀬戸内海ばかり見ていると、太平洋の風景はダイナミックです。台風接近中なのもあったのか、いつもこうなのか、白い波が立っている海岸は壮観でした。



南紀は白浜あたりで少し新しい家をみかけたぐらいで、私の知っている東京や関西の町でみかけるスレート屋根の住宅や、ここ十数年で建ったような今風の家がほとんどありませんでした。子どもの頃によく見かけた黒い瓦屋根の古い住宅がほとんどでした。

海岸はテトラポットに侵されておらず、自然の形が残っていました。

和歌山県が開発の嵐に飲み込まれなかったことをとても有難く思いました。

こういう土地から日本再生できればなぁ…と。

posted by maruai at 22:40| Comment(0) | 熊野古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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