着物との出会い

来日したキモノフリークの友人の影響で、着物の世界にハマった私。
近所の和服・和小物のお店に通ったり、着付けを学ぶため料亭で仲居になったり。21世紀の和の文化への回帰現象を観察します。
 

2015年07月07日

【熊野古道】高原から近露王子(ちかつゆおうじ)へ

2日めです。熊野古道の宿 霧の郷たかはらで朝食をとって出発。

寝室もダイニングも窓からの景色が絶景なので許せてしまいますが、ここの朝食はちょっと地味でした。それはいいのですが、塩ジャケも梅干しも保存食時代の塩辛さだったので、それを残したくないがためだけにおかわりしました。翌々日の宿で知り合ったオーストラリア人旅行者が、ここの朝食にはちょっと閉口してた感じでした。鮭はスモークサーモンやステーキ、ムニエルなど世界中で食べられているので、塩ジャケのように塩辛い味を予想せずに口に運んだんでしょう(笑)。

テーブルに準備されたお弁当は、通常おにぎりが多いのですが、ここではチーズやハムなど単品を挟んだマフィンと、チョコ味のシリアルバーでした。

荷造りを済ませて、ラストショットを撮って、出発。

ギタリストのオーナーにもさよなら〜〜。


歩く距離や時間の配分で見た場合、本当はこの高原から継桜王子(つぎざくらおうじ)まで行ってしまったほうがいいのですが、近露王子(ちかつゆおうじ)でのほうが宿がとりやすいらしく、2日めは近露泊。3日めは20km以上あるというのに、2日めは8km程度なので4〜5時間しか歩きません。徐々に体を慣らすにはいいのですが、3日めが大変。出発してから日程の細部をチェックしたので分からないことの連続でした。

いずれにしろ、2日めはかなり楽なコースでした。高低差付きの古道ウォークマップのリンクも付いています。
世界遺産 熊野古道 ウォークレポート
高原熊野神社〜近露王子 編 前編
高原熊野神社〜近露王子 編 後編

私たちはストックを持参したのですが、バスで来栖川まで来て高原からスタートする人たちは、高原霧の里の休憩所で杖を借りることができたのですね。でも最初の3.7km、滝尻から高原への上りでストックはかなり役立ったんだけどな〜。

辛かったのは、あともう少しで近露(ちかつゆ)到着、というときに、やたらと続いていた下りの石畳。

トレッキングシューズは土や砂利はしっかり掴むように作られていますが、ちょっと滑りやすいところだと、ものすごい滑りやすさなので、ずっと雨か雨上がりの山道を歩いている身としては、恐ろしく危険で、石畳にはこの後もずっと泣かされました。


既に当日の最高峰でお弁当を済ませていましたが、ここで休憩。近露の里が見下ろせる絶景です。

少し下って、古道が村の中を走る街道となったあたりで当日の宿、「民宿なかの」を探し始めました。見つかりそうにないので、近露王子のそばの案内所を兼ねているらしいカフェで道を尋ねると、乗せてってやるよ、ということでご近所の方が小型トラックで連れていって下さいました〜。

田舎のバス停1つ分、1km以上古道から逸れたところにある民宿で、周りには近所の家以外、全く何もないところでしたが、そこまでの風景の美しかったこと。

私たちの部屋は玄関からも食堂からも一番近くて落ち着かない場所でしたが、ここのお料理は素材だけでなく、女将さんの味付けも含め、後からふりかえって最高でした。

お刺身は白浜の知り合いの漁師さんから買ったもので、見た目以上に新鮮で美味しく、また、塩焼きにしている鮎はご主人が近所の川で釣ってきたもの。朝食もお弁当も、ここのは本当に美味しかったです。

お風呂は2つあって、ふたり同時に別々に入ることができました。洗面所は3つ、お手洗いも3つだったと思います。WiFiは完備してあるのに、なぜか食堂でしか繋がらず、距離が近いはずの寝室では電波が弱すぎてほとんど使えませんでした。

到着後、夕食の前にはやっと陽が射してきたので、窓の外に干しておいた洗濯物が乾き始めていたのですが、早朝の雨でしっとり濡れてしまいました(泣)。

その湿ったままの洗濯物を詰めて、翌朝は熊野本宮を目指します。
posted by maruai at 19:54| Comment(0) | 熊野古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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