着物との出会い

来日したキモノフリークの友人の影響で、着物の世界にハマった私。
近所の和服・和小物のお店に通ったり、着付けを学ぶため料亭で仲居になったり。21世紀の和の文化への回帰現象を観察します。
 

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2013年03月30日

女袴は貴族の下着だった?

先週末の晴れた午後、自転車で通りかかった住宅地、卒業式なのか謝恩会なのか、3人の袴姿の女性が写真を撮りあっていてとっても艶やかでした。急いでなければ写真を撮らせて頂きたいところ、見とれつつも残念ながらそのまま通過 orz... とりあえず、1月末にショッピングモールで撮っていたスナップをアップ。

卒業袴 .png成人式や謝恩会などのドレスアップはかつては振り袖が当り前で、80年代前半は、袴姿は今以上に斬新で、目立っていました。まだ「大正ロマン」という言葉も今ほど聞き慣れなかった頃。

女性が袴をはき始めたのは、というと大正の女子学生を思い浮かべますが、よく考えてみれば、雛人形の三人官女も緋の袴をつけています。

元々は貴族の女性の下着で、これは飛鳥・奈良時代からのことでした。平安の頃には表へも着ていくようになったので、官女たちも纏っていたようです。

その後、女官たちの衣類も実用的なものに変わっていったのか、鎌倉時代には袴を略して小袖(こそで)で出かけることが増え、武士が台頭した室町時代以降、私たちが時代劇で見慣れているような、小袖姿が一般化したようです。江戸時代では公家・武家ともに袴があまり着用されなくなりました。

それが、明治維新後、宮中の婦人の制服として袴が取り入れられて、儀式の礼服として用いられるようになり、袴は再び注目されるようになったそうです。

Picture 1227.png一般の女子が袴をはくようになったのは1871年(明治4年)からのことで、女学校の教師が最初といわれています。1878年頃には女学生が紫の行燈袴をはくようになり、1890年頃になると、小学生の一部にも浸透。

1876年(明治9年)に幼稚園が設置され、保母や幼稚園児のなかにも袴をつけた女児の姿が見受けらたそうです。袴を着るということは裕福な家庭の子女であることを意味したようです。

そうなんですね。着物と帯だけでも、そこそこ手間がかかるのに、なぜ袴、と思っていたら、戦国時代に男に混じって闘った女傑以外は、主に屋内や庭園の行事で格式を保つというイメージが強い袴。

ちなみに、図や写真入りで、袴の着付けが出ていました。
こちらσ しゅみの着物 [袴の着付け方]

帯や紐だけで長時間着て動き回っても型崩れしないように、となると、こういう仕掛けなんですねw。(見ているのは好きでも自分が着たいと思ったことがないので、初めて知りました ^^;;)チョゴリに似てるな〜、と思うのは私だけではあるまいw。

実用性から考えると、一般的な和装以上に着る機会が少なそうなので、袴はやっぱりレンタルがいいかな〜。レンタルより安いセットも結構ありますが…。

posted by maruai at 16:25| Comment(0) | 着物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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